拝啓、スクルージ様

クリスマスキャロル」

 

  みなさんは、「クリスマスキャロル」というミュージカルを知っていますか?原作は、チャールズ・ディケンズの短編だと思うのですが、のちにこのミュージカルは、「三人のゴースト」という映画にまで飛躍します。

  映画のほうは、奇想天外なSF娯楽活劇になっており、楽しい内容ではありますが、正直いって原作者ディケンズのメッセージは、影をひそめている感があります。

  ミュージカルのほうはというと、主人公はお金持ちのスクルージさんという人で、彼のモデルはあきらかに、福音書の登場人物である徴税人のザアカイです。

  そして種々の異説はあるものの、この物語はディケンズ自身の体験がもとになっているという人もいます。わたしもそう思っています。

   

「クリスマス? ふん、くだらん」

 

  物語のなかでは、クリスマスを大切にする子どもたちを横目に、主人公のスクルージさんはいぶかしく思っています。

  ミュージカル版ではこの描写がとてもみごとで、スクルージさんの台詞がとても印象的なのです。「クリスマス? ふん、くだらん」と彼は、とても苦々しい顔で語ります。

  彼がたよりにしているのはお金だけで、季節の週間など無意味な過ごし方にしか思えないわけです。だからといって彼は、いわゆるリアリストなのかといえばそうではないでしょう。

  まことのリアリストであれば、人間社会の週間や大衆が夢中になりがちな流行を達観しているはずなので、その点、スクルージさんは、いわば心の荒れたゆがみをうちに秘めた、にせリアリストです。

  ところがこの人、なぜか魅力的です。財産を愛するあまり人間関係を悪化させ、そこから生じる孤独を受け入れてまでも自分を変える気さえない彼は、ある意味であまりに人間的です。

  そして、さまざまな心模様をへた末に、回心にいたるそのプロセスも、容易に感情移入できるたぐいのものです。

  結果的に、彼は子どもたちをはじめ、周囲の人たちから愛される人になり、それまでの人生で考えてもみなかった幸福感を手に入れます。

  まあ単純素朴なモチーフなのですが、一人の孤独な人の内面性をめぐる物語の展開は、ディケンズのみごとな手腕です。

 

ユーモアをまじえたメッセー

 

 実をいうと、クリスマスを前にして、神父も教会もたいへん忙しく、慌ただしく、心の余裕もうすれていくのが現実です。

  せっかくの機会に、自ら喜びを無駄にしてしまうようなこともしばしばです。

  単刀直入に告白しますと、とてもじゃないが、主をお迎えする気持ちなど、整わないような時も多々あります。

  多くの人が楽しみにしているクリスマスですが、忙しさの続くかぎり、気持ちに余裕がなくなり、わたし自身はあまり楽しみではなくなってきたりします。困ったものです。

  「クリスマスキャロル」のスクルージさん、その背後にあるディケンズのメッセージは、そんなわたしにユーモアをまじえながら、注意を与えてくれるのです。

 

カトリック小金井教会小教区管理者

加藤 豊

(教会報「さくらまち」188号より)