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ひとつの交流

加藤 豊

10月4日アシジのフランシスコの記念日である。ご存知のように聖フランシスコはムスリムのスルタンアルカーミルとの友情に生きた。十字軍のリアリティーが双方にまだ冷めやらぬ時代にである。

 

それと直接に関係があるかどうかは解らないが、毎年10月になると、ある活動(運動)がキリスト教会だけではない多くの宗教者有志たちの間で動き始める。皆が皆それに賛同しているわけでもなく、中には批判的な人や疑問を持っている人も沢山いる。

 

何れにしても、聖フランシスコの生涯を思いつつ、上記の運動を積み重ねた結果、他宗教との関わりが意識されることになった10月は、宗教間の悲しい対立や事件が気になるこんにち特に重要と思われるのである。どのような信条であろうとも結局のところ万民救済の遠大なヴィジョンを夢に見る者たちが、毎年10月一部の人々ではあるが、互いに一同に会するであろう機会が、何はともあれ用意されている。

 

競い合う社会、一つにはそれが活発な経済活動を作り出す。だが、いうまでもなく他方で人々は仕事で神経をすり減らし有意義な休息を願う。本来、宗教者は平安や安堵を呈する立場でありながら教条の絶対化が自我の狭量さを増すような作用あるいはテロの危険性さえも免れぬ方向へと自らを向かわしめ、不完全な社会を補完せず、返って社会そのものに立ち向かって混乱を助長する。

 

そのような折、信じる対象の違いや、救いの表現が異なる者同士が究極的には同じ目的のために仲睦まじくする光景はどれほど宗教不信に陥った日本社会にとって「しるし」となることであろうか?

 

さて、ある年の10月、某教団から何人かの方々がミサに参加された。当時わたしがいたその教会は京王線沿線にあったが、ミサに来られたのは大きな教団の小規模支部の方々で、本部は都心部、拠点は中央線沿線に置かれていた。従ってその時もわずか4人くらいの参加であったが、それでも先述した各宗教者たちの憂いや思いを意欲的に汲み取ろうとされておられた。

 

ミサの後にその方々から詳しい事情をお聞きした。聞くところによると、10月になったので、近くのお寺や神社また教会に出向いて交流を図ろうとしたが、接触の第一段階で断られ、礼拝行為の席を共にしてくれたのはなんとカトリック教会だけであったという。

 

わたしはいった。「この月(10月)はカトリック信者にとっても皆さんと同じ意向を掲げる月です。いつでも気軽にお越しください。むしろ皆さんからすれば他宗教の礼拝に毎回一時間余りずっと付き合うことじたい大変なことでしょう。それには少なからぬ違和感やお気遣いもおありでしょうに。それを思うだけでも頭が下がります。」

 

その後、支部長さんから名刺をいただき、10月中にわたしも彼らの支部に伺う約束をし、そして果たされた。わたしもまた、そこでの礼拝に特別に同席させていただいた。教団によっては「なぜ邪教の坊主がここにいるのか」という誹りに溢れた反応とさえなろうが、彼らの宗教観は決してそのようなものではない。

 

わたしのような者を快く受け入れてくださり、もてなしてくださったその時の皆さんには今も感謝している。