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あの虫とわたしたち

加藤 豊

 

「すべての被造物は神に造られたといって叫んでいる」(アウグスティヌス『告白』より)。

 

南京虫、御器被り、名前はどうでもいいが、現れただけで人間を驚かせたり、怒らせたりするアイツ、皆さん今年は、アイツらと何回会いましたでしょうか?

 

速いし、飛ぶし、叩いて撃退しても後始末がまた憂鬱だし、アイツラにはホント悩まされますね。真夏の夜にどこからともなくやって来ます。殺虫剤のスプレーくらいでは歯が立ちません。狭い隙間に隠れるだけなら忍者も同じ、黒くて不気味なだけなら渋谷あたりのギャル達と同じ、でも、アイツらは実際、どこにでも出没するのでかなり衛生面に問題があります。確かに毒はないが、それを運んで来てしまう。噛んだり、刺したり、歯向かったりもしないのですが、怖がる人は多いです。

 

ただし、こんな話も聞いたことがあります。彼らは人間が地上に満ちる前からあのような形態をほとんど変えずに存続し(種類によっては速くもなくて、飛びもしませんが)、しかも今でも耐えることなく生息し続けていることから、生物界においてわたしたち人類の大先輩でもあるのだと。

 

他にも意外な事実が報告されています。生息し続けてはいるものの、少々、儚いところもあって、強い光を浴びるとあの薄っぺらい身体が乾いて干からびてしまうため、夜でないと活動し難いらしく、更には夜であってもなるべく光を避けるために暗いところに隠れていることが多いとか。確かに部屋の灯りをつけた途端に彼らは慌てふためいたように素早く動きます。まさに命がけなわけです。

 

また、夏でないと湿気が足りず、寒さや乾燥がとても苦手らしい。よくまあこんなふうでいて生きながらえて来たものだなと、そう思えてしまうのですが、今では住家性といって、人間が住まう環境にすっかり適応しているようで、つまりわたしたち人間が生存できている間は彼らもなんとか生存が可能なようです。

 

飼育した経験がある人も、これまた結構いるのです。どうか「やだぁ~」と言わずに聞いてください。製薬会社に勤めている訳でもない一般の人で彼らの生態を冷静に観察したことがあるという人が身近にいたのでわたし自身が「やだぁ~」となってしまったのですが、その人の調べた成果は見事に上述の生態を立証しているのであらためて「・・・」でした。

 

なんと彼らは孤独に耐えられない。一匹だけで飼育するのは(一日や二日ならともかく)難儀であるといいます。これって逆にいうと、例えば1匹見つけたら近くに5匹くらいどこか見えないところに隠れていることになりますね。益々「やだぁ」ですね。

 

「人の振り見て我が振り直せ」ではありませんが、彼らは一人一人(否1匹1匹)がただただ一心不乱に生存をかけて必死であって、それでありながら同種間の無益な争いにはならず、出来うる限り困難な状況を回避して共に生きています。もちろん、だからといって目の前に姿を現せばすぐにスリッパを手に取りますが、それでもこれは知っていれば何かの教訓になるような話です。

 

「月も、星も、あなたが配置なさったもの。そのあなたが御心に留めてくださるとは人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう」(詩篇8:4-5)。

 

しかし人類は互いに争い、生きることに必死であるよりは自己実現に必死です。神様がスリッパを手に取ることはないが、お互いが武具を手に取り合います。武具といってもそれはそれは兵器だけを意味しません。そして基準は気にいるか気に入らないかに還元されるほどの愚かな動機を秘めていたりします。