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ザビエルの挑戦

加藤 豊

 

以前にもお話ししたことがあるかもしれない。

 

1549年 フランシスコ・ザビエル来日。これが日本におけるキリスト教伝来とされてしまっている。奈良時代のネストリウス派はどうなるのかと誰もが思う。もちろん司教ネストリウスは紀元400年代のエフェソ公会議で異端とされた。例のテオトコス論争でアレキサンドリアのキュリロスに破れたのだ。だから、ネストリウス派がやってきた過去が日本にあったとしても、それが正統キリスト教の伝来とは見做されないせいか、ザビエルの来日が即キリスト教の伝来となってしまう。

 

そのザビエルは当初、その頃の日本人からは仏教の新しい宗派を伝える人物と思われた。ザビエルはインドのゴアを経由してやってきた。それゆえキリスト教(この場合カトリック教会)ははじめのうち天竺宗と呼ばれた。しかもザビエルは「主」とか「神」の語を使わなかった。「神」だと日本の神々や仏教の諸天善神と間違われてしまう。そこで(これまた誤解の元になるのだが)「大日」の語を用いた。

 

この語についてはご存知の方も多かろうと思うが大日というのは「大日如来」のことで、密教(仏教の一つで真言宗のそれは「東蜜」天台宗のそれは「大蜜」といわれる)の最高本尊なので、天地万物の創造主、主宰者、至高の存在を表現するのに適当な(少なくともザビエルにとっては)用語のように思われたのであろう。

 

「大日はこの世界をおつくりになりました」、などといっていたのであろうか。こうして誤解は益々深まってしまったので、結局「主なる神」はラテン語のDeusを音写して「天主」と表記されるようになり、キリシタンたちは神をデウス様と呼ぶようになる。キリスト教の礼拝の対象が日本語の「神」と(日本人から)呼ばれるようになったのは、実は意外にも大昔からのことではないのだ。様々な語が候補に上がった。お天道様からきているのかどうか定かでないが「天翁様(てんとうさま)といわれたこともあったらしい。

 

ザビエルの必死の努力も、今やあっさり「神様」で決着させられてしまったわけだ。しかも諸宗教対話において、今でもよく「大日如来」(あるいは法身仏とされる仏陀)と「天の父」とが対応してしまうが、おそらくはこのことは仏教にかなり詳しい方であれば「マズいな」と思っておられるはずである。宇宙の真理そのものとされる「大日如来」は決して万物の創り主というわけではない(そもそも縁起によるコスモロジーをもとにした仏教ではそれらしい創造神話などないのだ)。こうした混同は安易といわざるを得ない。むしろ三位一体に当たらずとも遠からずなのは、ヒンドゥー教のトリムルティーのほうである。

 

まだまだ整理されなければならない物事は多い。とはいえ、志のある各教団が共に歩もうという姿勢を打ち出してきている現代、次の段階に入るためには、こうした作業、つまりは「整理すること」が必要であろう。そしてこうした作業は、怪しげなカルト教団が人知れず跋扈する現代日本社会においてそれを封じるための健全な教団間の強い結束になるのではないだろうか。

 

ちなみに、ここでお話ししたことの内容はかつてわたしが中学生だった頃に読んだ「日本宗教もの知り100」という決して難解ではない単行本からの引用が多い。残念ながら今は絶版になってしまった小池長之氏の著作であるが、その頃のわたしにとっては小池氏がどのような方だったのかは知る由もなかったし今もかろうじてお名前を覚えているだけの知識に過ぎないが、それでも小池氏に対する感謝の念は尽きない。