加藤 豊 神父
「受難」と「復活」とは不可分です。
十字架に磔にされたイエス・キリストの御像や御絵は、おそらくクリスチャンでなくとも世によく知られた構図です。これこそ、キリスト教信仰の全てがそこに込められているといってもいいような彫刻や絵画ではないでしょうか。イエスは、わたしたちにとって、いったい、どういうお方なのか、贖い主、救い主、神から離れた人類と、その人類の命の源である神との決定的な和解を成し遂げた仲介者、こうしたイエスの姿を、「そのとき」に限定し凝縮した構図が「磔刑像」でありましょう。
ところで、いきなり俗っぽい話になりますが、かつて江戸時代を背景にしたテレビドラマのシーンに次のような場面があったのを今でも憶えています(おそらく「水戸黄門」です)。キリシタンの恋人を持つ青年医師が、奉行所から「そなたもキリシタンであろう」と疑いをかけられ、「踏み絵」を踏まされそうになるシーンです。その青年医師は、もとよりキリシタンではない設定なので(恋人がキリシタンなものだから、疑いがかけられているというだけなので)、「踏み絵」を踏んでも、何の支障もなかったにも関わらず(本当に町の「奉行所」に「踏み絵」なんてあったのか時代考証の是非は不明ですが)、彼は、踏もうとしないのです。益々、疑いが深まるなか、彼は力強くこういいます。
「わしはキリシタンではあらぬが、クルス(十字架)には、あまたの人を救わんとする『すぴりっと』が込められておるのが解る。わしは医者としてそれを踏めん」。
こうして彼は、実際にはキリシタンではないが、容疑をかけられ、牢に繋がれる、といったストーリー展開だったと思います。まあ、時代劇(多分「水戸黄門」)ですから、最後はハッピーエンドなわけですが、ただ、先のシーンはわたしにはとても印象的でした。
上述の例のように「磔刑像」は、その意味が読み取れるなら感動的なものですが、しかし他方で一種の残酷さの表現としても充分に受け取れるものですから、人によっては「かえって福音的でない」とか「子供が怖がるではないか」という懸念をし(それがきっかけというわけではないけれど)、一時期、十字架に「復活のキリスト」が重なるデザインが流行しました。正直わたしにはちょっと疑問に感じられる現象でした。
わたしのような青二才より、人生経験が豊富な皆さんのほうが、より実感を持っておられることだと思うのですが、人生には、まこと、苦しいこと、悲しいこと、耐え難いことが沢山あり、それらに目を向けるなら(少なくとも信仰という事柄においては)ただただ楽天的にやり過ごすことには限界があると思われます(無論、楽天的な要素も必要ですが)。それゆえ、神の子である方が、どうして、あえて、あのような痛々しいお姿をしておられるのか、ということの内容は重要です。それは、わたしたちの「やり切れない現実」を、神の子みずからがご自分の経験となさり、人の世で「やり切れない現実」を生きる人々と共にいようとされたから、なのではないでしょうか。
(この文は、今年の四旬節「十字架の道行き」第11留に関する講話として加藤神父が書いた記事です)