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振り返り

加藤 豊 神父

 

 実際「現実」は「厳しい」。まして、こんな「いま」は、だから「教会」が「逃げ場」であってよい。しかし、それが「自分だけの」あるいは「自分たちだけの」逃げ場だと思っては、およそ共感能力が低下して真の「救い」から遠ざかってしまう。わたしたちが配慮しなければならないのは、新しくメンバーになった人たちのこと。注意して欲しい。善意が転じて「お節介」となってしまわぬように、大人としての他者との距離の取り方や相手への礼節を失してしまわぬよう。

 

 教会には色々な人がやってくる。皆、自分と全く同じ環境で育ったわけではない。皆、自分と同じような経験をしているわけでも、同じことで悩んでいるわけでもない。相手を受け入れたいなら、自己主張は一旦、控えるべきであろう。これらは一般的な話、なのに何故、教会では一般論が通じなくなってしまうのか。

 

 わたしが以前に居た五井・鴨川、鴨川は小さく平日はほぼ無人の教会、たまたま都会の某大教会の信徒の方が平日夜、鴨川教会にやって来た。しかし、閉まっている。電話は五井に転送される。「いま(鴨川)教会の前にいるのだが、お御堂も信徒館も全部閉まっているじゃないか、どういうことだ!」と怒りの電話が五井に転送された。

 「もしもし、いま話しているわたしは五井で電話を取っています。鴨川の主任司祭でもあります。申しわけありません。数年前から鴨川は司祭が常住していない状態になっていまして...」

 「困るじゃないか、告解しに来たんだぞ」と相手の怒りはさらに増す。
 「そうですか、そういうことなら、わかりました。今からわたし鴨川に向かっても構いません。ただ、それまでお持ちいただくことになりますが、それでもよろしいでしょうか?」

 「いや、急ぐので、またの機会にするよ」と諦めて去ろうとする電話の主、そのとき、ふと思った。

 わたしが司祭になろうと思った動機の一つを、わたしは当時、親しい神父様を追いかけ回しては話をしたがる青年の一人だった。神父さんもよくこんな変わり者の若いのを相手にしてくれたものだ。といまは感謝の念に絶えない。ただ、司祭不足はその頃から問題となっており、わたし自身が司祭を必要としたゆえ、司祭になりたいと思うようになった。

 

 こんにち、各教会でサービスの低下を嘆く人がいよう、それは自分の為だけでなく隣人の不自由を見てのことだろう。しかし、では自分の不自由をきっかけに、みずから、不足している人材の穴埋めをしようと覚悟する人がいったい何人いるだろうか?否、いるにはいるはずだが、最後までその思いを貫けるだろうか?

 

 「お役に立ちたい気持ち」は尊い、「改善を望む」のは善意、しかし、みずからその当事者となり重荷を追うことは、そうそう容易なことではない。まず、何かの行き違いがある場合、事実はどうあれ、責任を他人に転化していては無理。教会は人間関係で出来ている。「悪いのは(事実関係を見ても)あなたのほうでしょう」という状況をもとにどんなに話し合っても意味がない。

 

 「気持ち」と「気持ち」で成立しているのが、今尚「教会の現実」。正論だけでなんとかなるものではない。不条理を飲み込む度量、自分が正しくとも「一旦は相手に頭を下げる」姿勢がなければ事はこじれるばかりであり、それが結果的に雰囲気を悪くしてしまったりする、ということは、ありとあらゆる人間社会にあふれている。一人一人がムードメーカーとなり得なければ理想の共同体になれるはずもない。

 相手に対する「愛」(隣人愛)は決してアクティブなものばかりではない。「待つ」「ゆるす」「受け入れる」(押し付けの関わりではなく)、これらは実に地味で根気がいる心構えだ。しかし「待つ」「ゆるす」「受け入れる」はいずれも「能動態」だ。アクティブでないから「受動的」で「静観的」などといえようか。皆、見かけに踊らされてしまう。最近はどうも地道が流行らない。しかし、信仰とは、流行り廃りであろうか。


(この文は「教会だより」にページ数の制約から掲載されない可能性もある記事なのでコラムに回しました。)