栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

4月29日(日)復活節第5主日。

 

教会の庭にきれいな花が元気いっぱいに咲いていました。普段は当たり前のように花がいっぱい咲いているなと何となく思う位で庭を後にしていましたが、今日はゆっくり観賞する機会がありました。何も考えずに、ひとつひとつ異なる種類の小さな花を静かに観ているうちに、言葉に表せないほど本当に美しいと心で感じていました。

 

「しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」(マタイ6:29)

神様が創られたこの小さな花の美しさは人間の力では決して創り出すことができないものだ、とあらためて実感したと同時に、神様は常に私たちを素晴らしい主の御業に参加させるように導いてくださっているのではないかと思いました。私たちは神様のお導きを受けいれるか否かだけのことです。

いつも汗をかきながら、お花を植えたり草取りしたりしている園芸班の皆さんが神様のお導きに「はい」とお答えになったおかげで、こうやって美しい花を観ることができ、教会の庭もきれいに飾られています(園芸班の皆さん、ありがとうございます!)。そして、植えられた花の種はなぜあんなにきれいな色や模様や姿に生まれ変わるのか、園芸班の皆さんは自分たちにできることをただ心を込めてご奉仕し、あとのことは神様にお任せするだけです。

教会での諸活動やご奉仕だけではなく、毎日の生活の中にも神様はさまざまな御業を行われるため、私たちの参加を導かれていると思います。しかし、神の御業は私たちの想像をはるかに越え、私たちは初めからその結果や全体像を見ることも理解することもできません。従って、ただ任せられたことを丁寧に成し遂げて、あとのことは神様に委ねるだけで良いのだと思います。

空に向かって咲いている花たちは、まるで神様に向かって褒め称えているように見えました。 誰かが見ていようが、見てなかろうが、花は咲いています。 晴れの日も、雨の日も、一生懸命咲いています。

人間の手で種が植えられ、神様のお恵みによって育てられ、美しい花が元気いっぱいに咲いています。それが神の御業だと思います。

「どうぞお話しください。僕(しもべ)は聞いております。」(サムエル記上3:10)

私たちも毎日の生活に、サムエルのように神様のお導きに耳を傾け、受け入れることができますように、アーメン。

ガブリエル・タン

(監修 加藤豊神父)