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教会の共通善について③「外国人司牧の経験から」(後編)

加藤 豊

 

まだ神学生の頃でした。教会史の授業の折、先生が全員に向かって尋ねました。

「 Bonum commune ってどういう意味だかわかるか?」

 

何も知らなかったわたしは

「善い共同体って意味でしょうか?」と問い返しました。

 

すると先生は

「まあ、神学生のうちはそんなもんだろ」と笑っていました。

 

続けて「共通善って訳すんだよ」と教えてくれましたが、このキーワードが広い世界の中で多様な価値観を包括するカトリック教会にとってはかなり重要なものであるということを後からヒシヒシと感じさせられることになるのです。

 

「あの人たち」と「この人たち」、「日本人信徒」と「外国人信徒」、どちらがどれくらい片方を上回っているかによって、その先に進む選択肢は違ってきますが、双方が互いに意識できるほどに対比可能な状況において、どのようなことがその場における「共通善」であるのか?とても難しい問題です。

 

「歩み寄り」や「壁を乗り越えて」というのは確かにいかなるときにも当てはまる正論です。しかし、人には「心」があり、正論だけでは具体的な行動が引き出せないことも多々あります。正論と同時に「然り」と頷けるリアリティーが必要でしょう。しかし、こんにち上述の問題を益々複雑にする事態が起きており、それが司祭によって起こされてしまっているので、その顕著な例をこれからお話しいたします。

 

差し当たりここでは外国人司牧について触れたいのですが、先ず、その外国人司牧のために彼らの母国から派遣されて日本に来る司祭たちがいます。その神父様方は都内では主にカトリック東京国際センターの仕事にあたります。

 

彼らは直接には宣教師というわけではないので、日本語があまりできなくても問題ではなく(もちろん出来る人が多いが)逆に宣教師としてたまたま外国人司牧にあたる神父様の場合、本分は宣教地日本における宣教活動なので、この両者の立場が根本的に違います。

 

しかし、教区自体がこれを見誤ると、宣教会の司祭の気分を害したり、逆に日本語のできるセンターの司祭を日本人司牧に関わらせようとしたりと、混乱が生じます。宣教師であっても、何故か自ら好んで母国の人たちを相手とし、小教区主任司祭なのか、センターから派遣された司祭なのかという自覚が宣教師本人にも不明確になり、楽な方に行き、日本語も来日当時と同レヴェルとしか思えないほど上達しません(むしろ下手になって行きます)。

 

宣教師は母国ではほとんど働かず、宣教地に派遣されます。それなのに宣教師でありながら宣教地で母国の人たちを優先してしまい、その宣教師が司教から小教区主任司祭に任命されてると、その小教区が混乱する、というのは当然です。あえてそうしたいなら、司教と相談し、センターと契約した方がいい、そもそも、こうした職務の曖昧さは、彼らのアイデンティティーにも関わるはずなのですが。

 

かつてわたしは千葉の房総におりましたが、そこには外国人が多く、よく、宣教師たちに外国語のミサのお願いをしていました。しかし、彼らは宣教師です。外国語のミサだけの依頼なら受けられません。とはっきりとしていました。なので、日本語のミサと両方お願いするかたちで引き受けてもらうことがほとんどでしたし、それは普通にそのはずです(センターから臨時で頼まれた場合にはまた違うと思いますが)。

 

もっとも今や極論を言えば宣教師は洗礼数の増加だけを目的に来日するわけではないし、どちらかといえば「交わりの教会」の面が強調されます。しかし、わざわざ日本まで来て、せっかく身につけた日本語や日本についての知識を投げ捨てて、わざわざ母国の信徒たちを相手にした活動を、小教区司牧以上に優先するというのは、いかがなものでしょう。小教区における外国人司牧は、異なる文化の衝突を恐れず、彼らを日本の教会の一員として受け入れることであり、それが小教区主任司祭の外国人司牧の基本ではないでしょうか。

 

実際、定住組の外国人信徒の側から日本の教会のためにもっと何かしたいという思いを聞かされることは実に多いのです。でも、放っておけば例え定住組の外国人でも自分の教会、すなわちその人の母教会(所属教会)は定まらず、返っていつまでも根無し草のまま、お子さんたちの初聖体や堅信の手続きに手こずったり、それを諦めたり、また休暇で母国へ帰省した時を利用してなんとかするなど、要するに定住組でありながらいつまでもお客さんなのです。お客さんのままでいたい人はそれでもいいが(司牧的な判断はともかく)、そうでない人がどんなに寂しい思いをしていることかと考えると結構、深刻な問題です。

 

動機としては善意からであっても、司祭の側がこの一連の状況をこんにち牽引することになろうとは…。