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聖母マリアの初聖体

G.T.

 

 御聖体を拝領する前に、私たちは沈黙の内に各々の心の中で祈り、相応しい心の準備をします。自分の場合、最後に「アヴェ・マリアの祈り」を祈って、それから御聖体の秘跡に与ります。これは別に子供の頃からの習慣でもなければ、誰かにそうしなさいと言われたからでもありません。

 

 いつからそうしているかは正確に覚えていませんが、回勅『教会にいのちを与える聖体』(2003/04/17 “ECCLESIA DE EUCHARISTIA” )の中で、聖母マリアにとって、その初聖体にはどのような意義があったのかを思いめぐらした教皇聖ヨハネ・パウロ二世の考察を読んでから、深い感銘を受け、御聖体拝領の直前に「アヴェ・マリアの祈り」を祈るようになりました。なぜなら、聖母マリアはいつも私たちの注目を主イエス・キリストに向けさせておられるからです(2019/09/28 わかちあい「『アヴェ・マリアの祈り』、聖書のルーツをもつキリスト中心のお祈り」参照)。


初めてミサに与る聖母マリア


 聖母マリアの初聖体がいつ行われたかは誰にもわかりませんが、その瞬間のマリア様を想像してみましょう。エルサレムかガリラヤのどこかで、使徒の一人がエウカリスチア(感謝の祭儀・ミサ)のいけにえを捧げています。主イエスの最初の弟子たちの多くが集い、マリア様もそこにおられ、初めてミサに与ります。

 

 マリア様は「最後の晩餐」におられませんでした。主イエスがその夜、使徒たちに命じられたこと、すなわち、パンとぶどう酒を取り、ご自分の御体と御血を捧げ、そして、「私の記念としてこのように行いなさい」(ルカ福音書22章19節)と言われたことを、マリア様が使徒たちから聞かされたのでしょう。今、マリア様は初めてこの御聖体の聖なる秘儀に与ります。

 

 使徒たちがパンとぶどう酒を取り、「これは私の体…これは私の血…」と言っているのを見ながら聞いているマリア様を想像してみてください。それから、御聖体を拝領しているマリア様の様子を想像してみてください―自ら産み育てた我が子の御体と御血が、再び自分の中に宿っておられるのです!


教皇聖ヨハネ・パウロ二世の2つの主な洞察


 聖ヨハネ・パウロ二世はまず、自らの胎に主イエスを身ごもる聖母マリアと、御聖体を拝領する人との間にある深遠な繋がりについて思いめぐらします。ある意味で、御聖体を拝領するたびに、私たちはマリア様のようになるのです。

 

 「マリア様はその御聖体への信仰を、御聖体が制定される前から示していました。マリア様はご自分のおとめの胎を、神の御言葉の受肉のために捧げたからです」(『教会にいのちを与える聖体』55項)。9ヵ月の間、マリア様は主イエスの御体と御血を御胎内に宿されていました。私たちは同じように、ミサで秘跡的な形で主の御体と御血を拝領します。

 

 聖ヨハネ・パウロ二世はこう続けます。「お告げを受けたとき、マリア様は神の御子を、真の意味での肉体、すなわち、御体と御血において身ごもりました。こうして、ある意味で、パンとぶどう酒のしるしのもとに、主の御体と御血を拝領するあらゆる信者において秘跡の形で行われることが、マリア様の中でそれを先取りする形で始まりました」(同55項)。

 

 続いて聖ヨハネ・パウロ二世は、マリア様が初めて御聖体のことを耳にされたとき、どのように感じられたのだろうかと思いめぐらしています。マリア様は「最後の晩餐」に同席しておらず、おそらく、後に使徒たちから、そこで何が起こったのかを聞き知ったことでしょう。

 

 「ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、その他の使徒たちの口から、最後の晩餐で語られた言葉を聞かれたとき、マリア様はそれをどのように感じられたのでしょうか―『これは、あなたがたのために与えられる私の体である』(ルカ福音書22章19節)。私たちのためにいけにえとして引き渡され、秘跡のしるしのもとに現存されるこの主の御体は、マリア様が胎内に身ごもった御体と実に同じものなのです」(同56項)。


含蓄に富んだ洞察


 それから聖ヨハネ・パウロ二世は、御聖体拝領が恵みに満ちた聖母マリアのために持っていたであろう特別な意味を、美しく引き出されています。「マリア様にとって、御聖体を拝領することは言わば、かつてご自分の心と調和して鼓動していたその御心をもう一度ご自分の胎内に迎え入れるようなことだったのだろうと思います。」(同56項)。

 

 なんと含蓄深い洞察でしょうか!このように、御子と再会するためにご自分を準備しておられる聖母マリアを想像してみてください。御聖体拝領のたびに、マリア様が主イエスに傾けたその愛情溢れた姿勢を想像してみてください。マリア様にとって、わが子を再びご自分の内に宿らせていることは、とても言葉に言い表せない喜びであったに違いありません。


 聖母マリアが、御聖体を拝領する私たちの模範になるように祈りましょう。聖母マリアが御子を迎えられたように、私たちも御聖体拝領のたびに、主イエスを熱烈にお迎えすることができますように。聖母マリアの心が主イエスと完全に調和して鼓動していたように、御聖体が私たちの心を主イエスとより一層調和しながら鼓動させますように。