待降節の意義を思い巡らす(4)

G.T.

 加藤神父監修

 

時が満ちると…

 

 ルカによる福音書に記されている「マリアへの神のお告げ」(1章26節~38節)の場面は、レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめ、最も多くの画家に描かれた人気のある聖書の場面の1つです。しかし、この場面は、単なる天使からおとめマリアへの受胎告知だけではなく、偉大な啓示であり、それより遥か昔から預言者たちが語っていた、すべてのことの啓示が示されているのです。

 

 確かに、私たちはこの出来事から、とりわけ、マリア様から実に多くのことが学びとれます。ここで、天使ガブリエルを通じて伝えられるメッセージの中の1つを思いめぐらし、共有してみたいと思います。

 

31「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。
32その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。
神である主が、彼に父ダビデの王座をくださる。
33彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」
(ルカ1・31~33)


 天使ガブリエルの言うことには、4つの要素が際立っています―マリア様からお生まれになる聖なる子の「偉大さ」、「神の子であること」、「王座」と「永遠の王国」ということです。実際には、これらは、旧約聖書のサムエル記下7章(9節、13節、14節、16節)の中で、神様がダビデに対してなされた預言をほぼ引用したものです。

 

9c「地上の大いなる者の名に等しい名をあなたのものとする。」
13b「私は彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。」
14a「私は彼の父となり、彼は私の子となる。」
16a「あなたの家とあなたの王国は、あなたの前にとこしえに続く。」


 その4つの預言がマリア様へのお告げに反映されています。すなわち、天使ガブリエルは、神様がダビデに対してなされたお約束の成就が今や、主イエス・キリストを通して行おうとしていると、意図的に宣告しているのです。 


 おそらく、このことは、現代に生きている私たちにとって、特別な思いを起こさないのかもしれませんが、ダビデの王国の歴史を熟知していた古代ユダヤ人にとっては、とても重大なことです。なぜなら、それは彼らが何世紀にもわたって待ち望んできたことだからです。彼らはダビデの王国の歴史に起きた重大な問題を知っていました―神様は紀元前1000年頃に、預言者ナタンを通じてダビデに、ダビデの王座と王国が永遠に続くと約束されたにもかかわらず、実際には、数百年で崩壊してしまったということです。そして、紀元前586年までには、彼らはすべてを失い、バビロンに追放されてしまいました。

 

 神様がダビデに約束された、彼の王国、彼の王座、および彼の後継者が常に力を持つというお約束は、一体どうなったのでしょうか?神様がお約束を破ったように見えます。まるでダビデに対する神様のお約束が失敗したかのように見えます。そして、それが本当に紀元前586年から1世紀のキリストの時代までの状況であり、ダビデ王国はもう何百年も存在しませんでした。

 

 そのような状況の中で、天使ガブリエルがマリア様の前に現れ、神様がダビデになされたお約束が成就されることをマリア様にお告げしました。それに、神様がご自分の御一人子を遣わされ、マリア様を通して来られ、それらのお約束を成就されます。

 

 私たちの人生の中でも時々、神様に見捨てられた、神様に忘れられた、神様が何かをしてくださると思っていたのに、それをしてくださらなかった、約束を破られた、と思うことがあるかもしれません。しかし、現実には、神様は決して私たちを捨てられなく、決して約束を破られません。どんなに不利な状況にもかかわらず、また、私たちにとってたとえ約束が破られたかのように見えても、神様は受肉の神秘を通して来られ、約束を果たされるだけでなく、この王国と神様の御子がどのようなものであるのかについて、ユダヤ人がそれまで想像していたことさえも遥かに超えています。

 

 なぜなら、神様がキリストにおいて私たちに与えてくださっているのは、私たちを罪と死から救われ、地上ではなく天にあり、永遠に続く王国を確立されるために、人として来られた神様の永遠の御子だからです。

 

 「時が満ちると、神は、その御子を女から生まれた者、律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。」

(ガラテヤ4・4)


 クリスマスを前にしたこの数日間に、私たちの方から、祈りと御言葉と秘跡の中でいつも私たちと共にいてくださる神様、インマヌエルに、より一層近づくことができますように。

 

(終)

 

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